



| ◆声優への軌跡 丹下桜ちゃんが“声優への道”を意識し始めたのは高校三年の初めの頃。それまでは「大学を卒業したらお嫁さんになることしか頭になかった」というから、なんともホホエマシイではないか。ところが、そんな甘い夢を描いていた彼女の人生設計は大きく一変する。そのきっかけとなったのが、折しもテレビ放映された“声優”を扱ったドキュメンタリー番組と。宮崎駿監督の『魔女の宅急便』。 「昔から宮崎駿監督の作品は大好きでしたけど、高校生になってちゃんと観てたら、スゴクかわいくてスゴク感動して。今まで漠然としたイメージでしかなかった“声優”というお仕事に興味がわきました」 だがそれはあくまでもきっかけ。実は桜ちゃん、こ〜んなにかわゆい声にコンプレックスを持っていた。それを逆手に取ろうと思いついたってわけ。 「わたし、これが地声なんですね。子供の頃から『どこにいても桜チャンの声は分かるよ』っていわれたりからかわれたりしていたので、自然に人前で大きな声が出せないようになってなんです。だったら、逆に声を生かして幅広く活動できるお仕事につこうって」 なるほどね〜、発想の転換というやつだ。 でも何をしたらいいのかさっぱり見当もつかない。ひたすら思案に暮れた結果、(やっぱり養成所に通うのが近道かしらん)と雑誌やパンフレットを調べたら、出ているのは東京の住所ばかり…。愛知生れの愛知ムスメにとって、ここであきらめちゃ話にならないってんで桜ちゃん、思い切って東京行きを決意したのだった。 ![]() 「今出来ることは全てやりたい」というなかなかヨクバリな桜ちゃん、学校にも行きたいと東京の短大に進学。生活文化学科を専攻した(「名前聞いただけじゃわかんないと思うので説明しますね。カッコ注、OLになるために情報処理とか心理学とかお料理とか、幅広くいろんなことをチョットずつお勉強する学科です」)。 本当はすぐにでも養成所の門を叩きたかったものの、哀しいことにサキダツモノが何もない(高校の時はアルバイト禁止)。まとまったお金が貯まるまで、昼は学校・夜はバイトの毎日が始まった。 「両親にも友達にも打ち明けませんでした。やっぱりみんな心底心配してくれちゃうのが分かっていたので、自分の中である程度カタチが見えるまでは言わないつもりでした」 仮面学生のような生活だった。友達から見たら“つきあい悪いコ”だったんだろうな〜と桜ちゃんは振り返る。周りはみんなサークルだ、合コンだって時に、デパートの食料品売り場でエプロンつけて「試食デース」なんつって袋詰めとかやってたんだそうだ。 キャハハハハハハッと桜ちゃん。今、お仕事が順調だから明るく笑っていられるんだろうけど、途中くじけそうになった時もあったんでは…? 「けっこう悔いなくいきてきたんですよね。なりたいって思い込みの激しさだけで今日まで来ちゃったから」 調査の結果、養成所の費用が分割納入も可能とわかり「シメタ!(キラリ☆)」ってなわけで、上京半年後、晴れて入所手続きを取った…まではよかったのだが…。保証人としてオヤのところへ連絡が行ってしまったのは計算外。 「アイヤッて思いましたね(笑)。『桜、どういうこと?』(母のまね)『桜、そこへお座り』(父のまね)ってな感じでバレちゃった(ちょっとこのへん、桜ちゃんのフィクション入ってます。実際は電話のやりとりだった)。でも『みんな一つくらい学校通いながらお華とかお茶とかオケイコしてるよ。そういうノリだよ、お父さん、お母さん』ってごまかして」 学校にもちゃんと通うし、お金はアルバイトでまかなうから大丈夫、と両親を安心させた。「愛のあるウソはたまにはいいかな」とペロリ。可愛ゆいカオして桜ちゃんてば、けっこう大胆! (本文より抜粋) |

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